台風が近づくたび、大雨のニュースが出るたびに、同じことを考える。

「あの家から、母は一人で逃げられるだろうか。」

歩くのがやっとの親、認知症のある親、酸素や吸引が必要な親。避難所まで連れて行くところを想像できない——それでも「うちは大丈夫だろう」で毎年やり過ごしてしまう。

結論からいうと、これは家族だけで抱える問題ではありません。法律には、自力で避難できない人を市町村が名簿に載せ(義務)、一人ひとりの避難計画を作るよう努める(努力義務)という仕組みがあります。2021年5月に施行された制度で、「誰が助けに来るか」を名前で書くのが特徴です。この記事では、その仕組みと、家族が平常時にできることを整理します。

警戒レベル3「高齢者等避難」は、誰への合図ですか?

あなたの親への合図です。

内閣府の避難情報に関するガイドラインでは、警戒レベルは次のように整理されています。

レベル名称意味
警戒レベル3高齢者等避難高齢者や避難に時間がかかる人は、ここで避難を始める
警戒レベル4避難指示危険な場所から全員避難
警戒レベル5緊急安全確保すでに安全な避難が難しい状況

見落とされがちなのは、レベル4の「避難指示」を待っていたら、要介護の親には間に合わないことがあるという点です。車いすを出す、靴を履かせる、薬をまとめる、車に乗せる——健常な大人の何倍も時間がかかります。

✅ 平常時に決めておくこと:レベル3が出たら、①電話をかける ②避難を始めてもらう/迎えに行くのどちらかを選ぶ ③行き先を伝える。その場で考えないで済むようにしておくのが備えです。

「避難行動要支援者名簿」に、親は載っていますか?

災害対策基本法第49条の10は、市町村長に対して次を義務づけています。

災害が発生し、又は災害が発生するおそれがある場合に自ら避難することが困難な者であつて、その円滑かつ迅速な避難の確保を図るため特に支援を要するもの(=避難行動要支援者)の把握に努めるとともに、…名簿を作成しておかなければならない

名簿に載るのは、氏名・生年月日・性別・住所・連絡先・避難支援等を必要とする事由などです。

そして第49条の11により、この名簿は本人の同意があれば、平常時から消防機関、都道府県警察、民生委員、市町村社会福祉協議会、自主防災組織などに提供されます。⚠️ 災害が発生した、または発生するおそれがある場合は、本人の同意がなくても提供できると定められています。

つまり——同意しておけば、いざというとき、地域の人が「あの家に助けが要る人がいる」と知っている状態になります。

💡 家族がやること:市区町村(防災担当または福祉担当)に「親が名簿に載っているか」「同意はしているか」を確認する。載っていなければ、載せてもらう手続きを聞く。

「個別避難計画」は、もっと踏み込んだ仕組みです

名簿が「誰が支援を要するか」のリストなら、個別避難計画は「その人をどう避難させるか」の計画です。

2021年5月に施行された改正災害対策基本法の第49条の14は、こう定めています。

市町村長は、…名簿情報に係る避難行動要支援者ごとに、当該避難行動要支援者について避難支援等を実施するための計画(=個別避難計画)を作成するよう努めなければならない。ただし、個別避難計画を作成することについて当該避難行動要支援者の同意が得られない場合は、この限りでない

同条の第3項が定める記載事項が、この制度の肝です。

  1. 避難支援等実施者の氏名又は名称、住所又は居所、電話番号その他の連絡先
  2. 避難施設その他の避難場所及び避難路その他の避難経路に関する事項
  3. その他、市町村長が必要と認める事項

⚠️ 読み飛ばさないでください。1番は「誰が助けに来るか」が、名前と連絡先で書かれるということです。「地域で助け合いましょう」という掛け声ではなく、特定の人の名前が入ります。

ただし注意点が2つあります。

  • 努力義務です。市町村は「作るよう努める」のであって、待っていれば必ず作られるとは限りません
  • 本人の同意が要ります。親が「そんなの要らない」と言えば作られません

💡 家族がやること:市区町村の防災・福祉担当か、担当のケアマネジャーに**「うちの親の個別避難計画はありますか」**と聞く。まだなら、作成の対象になるかを確認する。窓口が分からないときは地域包括支援センターへ。

福祉避難所へ、最初から行けることがあります

ここも知られていません。

従来は「まず一般の避難所へ行き、そこから福祉避難所へ移る」のが原則でした。しかし体育館の床で一晩過ごすことが、認知症のある人や医療的ケアが必要な人にとって現実的でないのは、想像がつくと思います。

内閣府は2021年5月、福祉避難所の確保・運営ガイドラインを改定しました。改定のポイントには、こう書かれています。

  • 背景として、平素から利用している施設へ直接に避難したいとの声がある
  • 指定福祉避難所の受入対象者を特定し、特定された要配慮者やその家族のみが避難する施設であることを指定の際に公示できる制度を創設
  • 指定福祉避難所への直接の避難の促進 — 地区防災計画や個別避難計画等の作成プロセス等を通じて、要配慮者の意向や地域の実情を踏まえつつ、事前に指定福祉避難所ごとに受入対象者を調整等を行う。要配慮者が日頃から利用している施設へ直接の避難を促進する

つまり、個別避難計画を作る過程で、「親が普段通っているデイサービスへ直接避難する」という調整ができる可能性があるということです。

⚠️ ただし事前の調整が前提で、運用は市区町村ごとに違います。**当日いきなり行っても受け入れてもらえるとは限りません。**確認は平常時に。

家族が平常時にやっておく5つのこと

制度に加えて、家で用意できるものがあります。当日には間に合いません。

備え中身
1. 薬7日分とお薬手帳のコピー避難先で薬が切れるのが最も困ります。お薬手帳の写真をスマホにも
2. 停電時の医療機器在宅酸素・吸引器・エアマットなど。停電時どうするかを業者と主治医に確認(予備電源・手動式の有無)
3. 移動手段誰の車で、車いすは積めるか。自力で歩けない場合、玄関から車までを誰が支えるか
4. 連絡の段取りレベル3で誰が電話するか。きょうだいの役割分担(きょうだいの介護分担)
5. おむつ・食事・補装具紙パンツ、とろみ剤、入れ歯、眼鏡、補聴器の電池。普段使っているもの一式

💡 **ハザードマップを一度見てください。**実家が浸水想定区域や土砂災害警戒区域に入っているかで、判断はまったく変わります。市区町村の窓口やウェブサイトで確認できます。

離れて暮らしていると、何ができますか?

距離があるほど、当日にできることは減り、平常時にできることが増えます。

  • 名簿と個別避難計画の確認(電話で市区町村に聞けます)
  • 近所の誰か一人と連絡先を交換しておく — 実際に動けるのは近くにいる人です
  • ケアマネジャーに災害時の想定を聞いておく — デイやショートステイの事業所が災害時にどう動くか
  • レベル3で電話する約束をしておく — 親と、きょうだいと
  • 見守りサービスの検討 — 高齢者の一人暮らしの限界サインもあわせて

親が一人暮らしで、上のどれも現実的でないと感じるなら、それは災害の問題というより、住まいの問題かもしれません。

施設を考えるとき、災害についてどう聞きますか?

すでに施設を検討している方は、見学時にこれを聞いてください。ほとんどの家族が聞かないので、施設の姿勢がよく分かります。

  • ハザードマップ上の位置(浸水想定区域か、土砂災害警戒区域か)
  • 停電時の電源(自家発電の有無、何時間もつか、エレベーターは動くか)
  • 水と食料の備蓄(何日分か)
  • 垂直避難ができるか(2階以上へ、車いすの人をどう上げるか)
  • 夜間に災害が起きたときの職員数と、駆けつけ体制
  • 福祉避難所の指定を受けているか
  • 家族への連絡方法(電話が通じないときの代替手段)

確認事項の全体像は施設見学チェックリスト、施設の種類の違いは老人ホームの種類一覧へ。

在宅の限界を感じたら

災害の備えを一つずつ確認していくと、多くの方が同じ結論に行き当たります。平常時ですら一人で回していないのに、非常時に回るはずがない、と。

それは弱気になったのではなく、冷静な評価です。24時間の職員体制、備蓄、非常電源、複数の目——施設はそれを仕組みとして持っています。

判断の目安は在宅介護のコツと限界の見極め方、罪悪感については施設に入れるのは親不孝?と感じたらへ。施設探しはエリア別の施設一覧から始められます。

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出典・参考

  • 災害対策基本法(昭和36年法律第223号)第49条の10(市町村長は避難行動要支援者=災害時に自ら避難することが困難で特に支援を要する者を把握し、避難行動要支援者名簿を作成しておかなければならない/記載事項=氏名・生年月日・性別・住所又は居所・電話番号その他の連絡先・避難支援等を必要とする事由等)、第49条の11(名簿情報は平常時、本人の同意があれば消防機関・都道府県警察・民生委員・市町村社会福祉協議会・自主防災組織等に提供/災害が発生し又は発生するおそれがある場合は本人の同意を要しない)、第49条の14(市町村長は避難行動要支援者ごとに個別避難計画を作成するよう努めなければならない〔努力義務〕/本人の同意が得られない場合はこの限りでない/記載事項=避難支援等実施者の氏名又は名称・住所又は居所・電話番号その他の連絡先、避難施設その他の避難場所及び避難路その他の避難経路に関する事項 等):https://laws.e-gov.go.jp/law/336AC0000000223
  • 内閣府(防災担当)「避難行動要支援者の避難行動支援に関する取組指針の改定(令和3年5月)」(災害対策基本法の改正=令和3年5月10日公布・5月20日施行):https://www.bousai.go.jp/taisaku/hisaisyagyousei/youengosya/r3/index.html
  • 内閣府(防災担当)「避難情報に関するガイドライン」(警戒レベル3=高齢者等避難、警戒レベル4=避難指示、警戒レベル5=緊急安全確保):https://www.bousai.go.jp/oukyu/hinanjouhou/r3_hinanjouhou_guideline/index.html
  • 内閣府(防災担当)「福祉避難所の確保・運営ガイドライン 主な改定のポイント(令和3年5月)」(背景=平素から利用している施設へ直接に避難したいとの声がある/指定福祉避難所の受入対象者を特定し、特定された要配慮者やその家族のみが避難する施設であることを指定の際に公示できる制度を創設/指定福祉避難所への直接の避難の促進=地区防災計画や個別避難計画等の作成プロセス等を通じて事前に受入対象者を調整し、日頃から利用している施設へ直接の避難を促進/指定福祉避難所は令和2年現在9,072箇所):https://www.bousai.go.jp/taisaku/hinanjo/r3_guideline.html

まとめ

要介護の親の避難は、家族の根性で何とかする話ではありません。まず警戒レベル3「高齢者等避難」があなたの親への合図だと知ること(レベル4を待つと間に合いません)。そして避難行動要支援者名簿(市町村の義務)に親が載っているか、個別避難計画(2021年5月施行・市町村の努力義務)が作られているかを確認すること。個別避難計画には**「誰が助けに来るか」が名前と連絡先で書かれ**、避難場所と経路も決まります。本人の同意が前提なので、親が元気なうちに話しておいてください。さらに2021年5月の改定で、普段通っている施設へ直接避難できるよう事前調整する道も開かれました。家では薬7日分とお薬手帳・停電時の医療機器・移動手段・連絡の段取り・おむつや補装具を。どれも当日には間に合いません。備えを並べてみて「非常時に回る気がしない」と感じたなら、それは冷静な評価です。施設探しや介護の悩みは、AIアドバイザーにも気軽にご相談ください(無料・登録不要)。