寝る前に「入れ歯、外しておこうか」と声をかける。返ってくるのは**「いい、このままで」**。

もう一度言うと、口元を手で隠して黙ってしまう。朝になって見ると、入れ歯はつけたまま——。

たかが入れ歯、と思うかもしれません。けれど、この「つけたまま寝る」には、数字で示された理由があります。

結論:外してほしい理由はある。でも、無理に外させる前に確かめることがあります

  • 入れ歯をつけたまま寝ていた85歳以上の人は、肺炎による入院・死亡のリスクが約2.4倍でした(日本の地域住民524人を3年間追跡した研究)
  • ただし外せば必ずよいわけではありません。顎や残っている歯を守るため、歯科医師がつけたまま寝ることを勧める場合もあります
  • 嫌がる理由が「痛い・合わない」なら、説得ではなく歯科での調整が先です
  • 家族だけで難しいときは、訪問歯科診療と介護保険の居宅療養管理指導(歯科衛生士が月4回まで訪問)が使えます

入れ歯をつけたまま寝ると、何がいけないのですか?

いちばん大きいのは肺炎との関係です。

日本大学歯学部と慶應義塾大学の研究グループは、地域で暮らす85歳以上の524人(平均87.8歳)の口の状態と生活習慣を調べ、3年間追跡しました。この間に、肺炎による死亡が20件、急な入院が28件ありました。

わかったこと数字
入れ歯を使っている人453人
そのうち、つけたまま寝ていた人186人(40.8%)
つけたまま寝ていた人の肺炎リスク(外して寝た人と比べて)約2.4倍(ハザード比2.38)
参考:飲み込みにくさの自覚がある人約2.3倍(2.31)
参考:認知機能が低下している人約2.2倍(2.15)
参考:脳卒中を起こしたことがある人約2.5倍(2.46)

入れ歯をつけたまま寝る習慣は、認知機能の低下や脳卒中の既往と同じくらいの大きさで、肺炎と結びついていたことになります。

さらに、つけたまま寝ていた人には、次のような特徴が多く見られました。

  • 舌と入れ歯の汚れ(プラーク)
  • 歯ぐきの炎症
  • カンジダ菌(カビの一種)の検出
  • 体の炎症を示す血液の値が高い

⚠️ この研究は観察研究です。「つけたまま寝る人は、口の手入れ全体が行き届いていない」など、ほかの要因が重なっている可能性は残ります。「つけて寝たから肺炎になる」と断定したものではありません。それでも、変えられる習慣の中で、はっきり数字が出たものとして、研究者は口の衛生の取り組みが肺炎予防につながる可能性を指摘しています。

そもそも、口の汚れと肺炎はどうつながっているのですか?

国立長寿医療研究センターは、要介護高齢者の口腔ケアの手引きで、誤嚥性肺炎は口の中の汚れや微生物と関連しており、口腔ケアの徹底によって予防できることが科学的に証明されてきたと説明しています。

同じ手引きには、手入れされていない入れ歯には汚れの塊が付き、微生物が繁殖していること、舌の白っぽい汚れ(舌苔)も微生物の温床で口臭の原因になることが、写真つきで示されています。

口の手入れで肺炎が減ることは、介入研究でも確かめられています。

  • 日本の介護施設11施設・417人を、口腔ケアをする群としない群に分けた研究(米山ら、2002年)
  • ケアの内容:毎食後に看護師や介護職が歯ブラシで清掃+週1回、歯科医師か歯科衛生士による専門的なケア
  • 結果:肺炎、発熱した日数、肺炎による死亡が、いずれも有意に減少
  • 歯が1本もない人でも効果があった

「歯がないから歯みがきはいらない」ではない、ということです。入れ歯の人こそ、入れ歯と口の中の両方の手入れが要ります。

外さないほうがいい場合もあるのですか?

あります。ここは大事なので、家族の判断で進めないでください。

神奈川県歯科医師会は、入れ歯について次のように説明しています。

  • 誤嚥性肺炎などのリスクを避けるため、一般的には就寝時に外して水のなかで保管することが勧められている
  • ただし、入れ歯がないと顎に過剰な負担がかかる場合や、残っている歯に負担がかかって割れる恐れがある場合は、つけて寝ることを勧めることもある
  • 入れ歯を外すと歯ぐきや歯、顎の関節に痛みが出る場合も、つけたまま休むよう勧めることがある
  • ケースバイケースなので、歯科医師に相談してほしい

つまり、「外さない」と言う親が、実は痛みを避けているだけという可能性もあります。まずは、かかりつけの歯科医師に「夜は外したほうがいい入れ歯か」を聞く。これが最初の一手です。

親が入れ歯を外したがらないのは、なぜでしょう?

理由によって、打つ手がまったく変わります。「外して」と繰り返す前に、どれに当たりそうかを見てみてください。

考えられる理由こんな様子があれば打つ手
① 痛い・合わない食事中に顔をしかめる/入れ歯が動く・外れる/片側だけで噛む歯科で調整。説得より先
② 口元を見られたくない口を手で隠す/家族の前で外さない外すのは本人ひとりの場面でいい
③ なくすのが不安「どこに置いたかわからなくなる」と言う置き場所を1か所に決め、見える容器にする
④ 手順があいまいになっている外し方・はめ方に戸惑う/上下を逆にはめる洗面所に手順を貼る。一緒にやる
⑤ 口の中を触られたくない家族が手を出すと強く拒む家族がやらず、歯科衛生士など第三者に任せる

神奈川県歯科医師会も、痛みがある、咬み合わせが悪い、入れ歯が動くといった症状は歯科医師による調整が必要としています。また、快適に使えていた入れ歯でも、すり減ったり、支える骨が減って歯ぐきとの間にすき間ができたりするため、定期的な調整が要るとしています。

「昔から使っている入れ歯だから大丈夫」とは限りません。

嫌がるときは、どんな順番で試せばいいですか?

1. 歯科で「外していい入れ歯か」「合っているか」を確かめる 痛みや合わなさがあるなら、それを直すのが先です。調整で解決すれば、本人が自分から外すようになることもあります。

2. 外す場面を本人に任せる 家族の前で外すことに抵抗があるなら、洗面所でひとりのときでかまいません。大事なのは「外すこと」で、「家族が見届けること」ではありません。

3. 置き場所を決める 専用の容器を洗面所の決まった場所に置き、水を張っておく。「ここに入れる」が決まっているだけで、なくす不安は小さくなります。

4. 言い方を変える

伝わりにくい伝わりやすい
「汚いから外して」「入れ歯も一晩休ませてあげよう」
「肺炎になるよ」「歯医者さんが、夜は外したほうが長持ちするって」
「なんで言うこと聞かないの」「痛いところある?合ってないなら直してもらおう」
「貸して、私が洗う」「容器に水を入れておいたよ」

5. 夜に外すのがどうしても難しいなら、毎食後の手入れを優先する つけたまま寝ることが続いても、入れ歯と口の中を清潔に保つことの価値は変わりません。できることから積み上げてください。

6. 家族だけで抱えず、専門職に入ってもらう 親子だからこそ口の中を見せたくない、ということは珍しくない感覚です。第三者の歯科衛生士なら受け入れられる場合もあります(相談先は下で説明します)。

認知症があり、声かけそのものが難しい場合は、認知症の人への接し方の考え方も参考になります。

入れ歯の洗い方と保管のしかたは?

神奈川県歯科医師会の説明をもとに、要点をまとめます。

洗うタイミング

  • 毎食後。間食をしたら間食後も洗うのが理想
  • 洗い忘れたら、次の食後に時間をかけてていねいに

洗い方

  • 歯みがき粉は使わない(研磨剤で入れ歯の表面に傷がつく可能性がある)
  • 流水で、入れ歯専用ブラシか歯ブラシを使う
  • 洗面器などに水を張った上で洗う(落とすと割れることがある)
  • 汚れが残りやすいのは入れ歯と歯の間/入れ歯の裏側/部分入れ歯のバネ
  • 入れ歯洗浄剤を併用すると汚れの除去効率が高まる。総入れ歯用と部分入れ歯用がある

寝るとき

  • 外した入れ歯はきれいに洗ってから、水や入れ歯洗浄剤に浸しておく

口の中も忘れずに

  • 部分入れ歯の人は、残っている自分の歯もみがく
  • 国立長寿医療研究センターの手引きは、口腔ケアで舌の清掃を忘れてはいけないとしています。舌を傷つけないよう、いちばん軟らかい歯ブラシで奥から手前へ10回程度、軽くこする方法が紹介されています

⚠️ 食事や水分でよくむせる、飲み込みにくそう、原因のわからない発熱を繰り返す、といった様子があるときは、口の手入れの工夫だけで様子を見ず、医師や歯科医師に相談してください。飲み込みの機能が落ちている人では、手入れのときに使う水そのものが気管に入りやすいため、国立長寿医療研究センターでは水を使わない方法をとっています。家族が自己流で進めないでください。

家族だけで難しいとき、どこに相談すればいいですか?

訪問歯科診療

通院が難しい人は、歯科医師に自宅や施設へ来てもらえます。むし歯や歯周病の治療、入れ歯の作製・修理、口腔ケアなどに対応しています。

介護保険の「居宅療養管理指導」

要介護認定を受けている人は、介護保険で次の訪問指導を受けられます(厚生労働省の資料より)。

誰が来るか回数の上限内容
歯科医師月2回計画的・継続的な歯科医学的管理に基づく指導。ケアマネジャーへの情報提供や、家族への介護方法の助言も含む
歯科衛生士等月4回訪問歯科診療を行った歯科医師の指示と訪問指導計画に基づき、口腔内や入れ歯の清掃、または食べる・飲み込む機能に関する実地指導を1対1で20分以上

週1回、歯科衛生士が入れ歯と口の中を見てくれる形がつくれる、ということです。先に紹介した介護施設の研究でも、専門的なケアは週1回でした。

どこに頼めばいいかわからないとき

  • ケアマネジャー — 訪問歯科の手配や、ケアプランへの組み込みを相談できます
  • 都道府県・地域の歯科医師会の相談窓口 — たとえば埼玉県は、歯科衛生士が歯科診療や口腔ケアの相談に応じ、通院困難な人には自宅に伺う歯科医師を紹介する「在宅歯科医療推進窓口」を設けています。お住まいの地域の歯科医師会に「在宅歯科医療の窓口はありますか」と聞いてみてください
  • 地域包括支援センター — 要介護認定の前の段階でも相談できます

口の手入れと並んで、体を清潔に保つことにつまずいているなら親のにおいが気になるとき、薬の管理に困っているなら多剤服用・飲み忘れも参考にしてください。そもそも歯科受診を嫌がる場合は、受診を拒否する親への対応の考え方が使えます。

在宅の限界を感じたら

入れ歯の手入れは、毎食後・毎晩のことです。1回ずつは数分でも、ほかの介護と重なると、抜け落ちやすい部分でもあります。

  • 同居していても、毎食後に声をかけて確認するのは負担が大きい
  • 離れて暮らしていれば、夜に外したかどうかは確かめようがない
  • むせる・発熱を繰り返すなど、飲み込みの機能が落ちてきたときは、口の手入れにも専門性が要る

在宅サービスを重ねても回らなくなってきたら、施設という選択肢もあります。施設を見学するときは、次のことを聞いておくと、口の手入れがどう行われるかが具体的にわかります。

  • 訪問歯科や協力歯科医院は来ているか、どのくらいの頻度か
  • 毎食後の口腔ケアは誰が、どのように行っているか
  • 寝るときの入れ歯はどう扱っているか(外すか、どこで保管するか)
  • 入れ歯の紛失を防ぐ工夫(名前入れ、保管場所)はあるか
  • むせや飲み込みの低下が出たとき、食事の形態はどう変えているか

見学全般のチェックポイントは施設見学チェックリスト、医療的なケアが多い場合は医療ケアに対応した施設の選び方にまとめています。判断の目安は在宅介護のコツと限界の見極め方、罪悪感については施設に入れるのは親不孝?と感じたらへ。施設探しはエリア別の施設一覧から始められます。

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出典・参考

  • 飯沼利光ほか(日本大学歯学部・慶應義塾大学医学部)「就寝中の義歯装着は超高齢者の肺炎リスクを倍増させる」ジャーナル・オブ・デンタル・リサーチ(国際歯科研究学会誌)2015年94巻3号補遺 28S-36S(地域在住の85歳以上524人〔平均87.8歳〕を3年間追跡/肺炎による死亡20件・急性入院28件/義歯使用者453人のうち186人〔40.8%〕が就寝中も装着/多変量解析で就寝中の義歯装着はハザード比2.38〔95%信頼区間1.25-4.56〕、飲み込みにくさの自覚2.31、認知機能低下2.15、脳卒中既往2.46、呼吸器疾患2.25/就寝中装着者は舌と義歯のプラーク、歯肉の炎症、カンジダ菌の培養陽性、血中インターロイキン6高値が多い):https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/25294364/
  • 米山武義ほか「口腔ケアは介護施設の高齢者の肺炎を減らす」ジャーナル・オブ・ジ・アメリカン・ジェリアトリクス・ソサエティ(米国老年医学会誌)2002年50巻3号 430-433(日本の介護施設11施設・417人を口腔ケア群と非ケア群に割り付け/看護師・介護職が毎食後に歯ブラシで清掃、歯科医師・歯科衛生士が週1回専門的ケア/肺炎、発熱日数、肺炎による死亡が有意に減少/歯のない人・ある人の両方で有益):https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/11943036/
  • 国立長寿医療研究センター 歯科口腔先進医療開発センター「要介護高齢者に対する口腔ケア 第4版」(誤嚥性肺炎や心内膜炎は口の中の汚れ・微生物と関連/高齢者の主要な死亡原因である誤嚥性肺炎は口腔ケアの徹底によって予防できることが科学的に証明されてきた/手入れされていない入れ歯には汚れの塊が付き微生物が繁殖/舌苔は微生物の温床で口臭の原因/舌の清掃は最も軟らかい歯ブラシで奥から手前へ10回程度軽く/飲み込みの機能が低下した人には咽頭に垂れ込みにくいジェルを用いる水を使わない専門的口腔ケア):https://www.ncgg.go.jp/hospital/iryokankei/documents/oralcare4thjapanese.pdf
  • 公益社団法人 神奈川県歯科医師会「入れ歯の正しいお手入れ」(お手入れは食後/歯磨き粉の研磨材で表面に傷がつく可能性/水を張った洗面器などで洗浄/汚れが残りやすいのは入れ歯と歯の間・裏側・部分入れ歯のバネ/入れ歯洗浄剤でプラーク除去効率が高まる/一般的には就寝時に外して水のなかで保管することが勧められるが、顎や残っている歯に負担がかかる恐れがある場合はつけて就寝を勧めることもありケースバイケース/痛み・咬み合わせ・入れ歯が動く場合は調整が必要、定期検診を):https://www.dent-kng.or.jp/colum/basic/1067/
  • 公益社団法人 神奈川県歯科医師会「入れ歯の正しいケアを習慣に!間違ったお手入れをしていないか、確認しましょう」(毎食後・間食後に洗うのが理想/専用ブラシと洗浄剤/部分入れ歯のバネのまわりや残っている歯も/寝るときは外して洗浄剤に浸す、ただし外すと歯ぐき・歯・顎関節に痛みが出る場合はつけたまま休むよう勧めることもある。参考文献に日本補綴歯科学会の有床義歯補綴診療のガイドライン):https://www.dent-kng.or.jp/colum/basic/1365/
  • 厚生労働省 老健局「居宅療養管理指導」社会保障審議会介護給付費分科会(第220回)資料5(令和5年7月24日)(医師・歯科医師は月2回、歯科衛生士等は月4回を限度/歯科衛生士等は訪問歯科診療を行った歯科医師の指示及び訪問指導計画に基づき、口腔内や有床義歯の清掃又は摂食・嚥下機能に関する実地指導を1対1で20分以上):https://www.mhlw.go.jp/content/12300000/001123921.pdf
  • さいたま市「ご自宅で歯科診療や口腔ケアを受けられます!」(埼玉県は歯科衛生士が歯科診療や口腔ケアの相談に応じ、通院困難な方には自宅に伺う歯科医師を紹介する在宅歯科医療推進窓口を設置):https://www.city.saitama.lg.jp/002/001/014/005/p071443.html

まとめ

  • 入れ歯をつけたまま寝ていた85歳以上の人は、肺炎による入院・死亡のリスクが約2.4倍だった(観察研究)
  • 口の手入れで肺炎・発熱・肺炎による死亡が減ることは、介護施設での研究でも確かめられている。歯がない人でも効果があった
  • ただし外さないほうがよい入れ歯もある。まず歯科医師に確認する
  • 嫌がる理由が痛み・合わなさなら、説得より調整が先
  • 洗うのは毎食後、歯みがき粉は使わない、寝るときは水や洗浄剤に浸す
  • 家族だけで難しければ、訪問歯科と**居宅療養管理指導(歯科衛生士が月4回まで)**を。窓口はケアマネジャーや地域の歯科医師会