久しぶりに帰った実家。玄関を開けると、廊下に物が積み上がっていて、奥まで入れない。

冷蔵庫には、期限を大きく過ぎた食品。捨てようとすると、**「まだ食べられる」**と怒られる。

結論からいうと、これは片づけの問題ではありません。「生活を組み立てる力」が落ちはじめたサインで、行政の側にはセルフ・ネグレクトという呼び方と、対応の枠組みがあります。

そして、いちばん急ぐのは片づけではなく火事です。順番を間違えないでください。

なぜ、片づけられなくなるのですか

「だらしなくなった」でひとくくりにすると、打つ手がなくなります。理由で分けてください。

背景にあるもの何が起きているか気づくきっかけ
体力・視力の低下ゴミ袋を運べない、汚れが見えない重い物と、床に近い物だけが残っている
認知機能の低下分別・収集曜日・手順が組み立てられない同じ物を何度も買う、期限切れが増える
意欲の低下何をするのも億劫になる入浴・着替え・調理も同時に減っている
喪失体験配偶者や友人を亡くしたあと急に時期がはっきりしている
物への執着捨てること自体が苦痛「いつか使う」「もったいない」が口ぐせ

厚生労働省の国マニュアルも、セルフ・ネグレクト状態にある高齢者について、こう書いています。

認知症のほか、精神疾患・障害、アルコール関連の問題を有すると思われる者も多く

つまり背景に医療や支援の対象が隠れていることがある、という前提で書かれています。片づけの習慣の話ではありません。

もの忘れが気になるなら認知症の初期症状、ひとり暮らしなら高齢者の一人暮らしはいつまで可能かもあわせて確認してください。

セルフ・ネグレクトは、法律上の「虐待」には当たりません

ここが、いちばん誤解されている点です。国マニュアルは、はっきりこう書いています。

介護・医療サービスの利用を拒否するなどにより、社会から孤立し、生活行為や心身の健康維持ができなくなっている、いわゆる「セルフ・ネグレクト」状態にある高齢者は、他者からの虐待行為を受けているわけではないため、高齢者虐待防止法の対象外となっています。

誰かに何かをされているわけではないので、虐待防止法の枠には入らない。

多くの人はここで「では行政は動かないのか」と諦めます。でも、同じ文章に続きがあります。

しかし、セルフ・ネグレクト状態にある高齢者は……生命・身体に重大な危険が生じるおそれや、ひいては孤立死に至るリスクも抱えています。

そこで、相談を受けた市町村や地域包括支援センターは、地域支援事業における総合相談支援業務や権利擁護業務等の一環として、積極的な対応が求められます。

**「対象外」は「動けない」ではありません。**別の枠組み(地域支援事業の総合相談支援業務・権利擁護業務)で動く根拠が、国の資料に明記されています。

だから、相談していいのです。窓口は**市区町村と地域包括支援センターです。「ゴミ屋敷」と言う必要はありません。「実家の生活が心配で」**で通じます。

「支援はいらない」と断られても、想定内です

親に相談を勧めても、断られる。「困っていない」と言われる。ここで心が折れる家族は多いはずです。

しかし国マニュアルは、その反応をあらかじめ織り込んで書かれています。

それまでの生活歴や疾病・障害の理由から、「支援してほしくない」、「困っていない」 など、市町村や地域包括支援センター等の関与を拒否することもあるので、支援には困難が伴いますが

そのうえで、対応する側の姿勢として、次のように書かれています。

その際、単に関わりを拒否する者という理解にとどまらず、そこに至った背景、生活歴、パーソナリティや生き辛さへの理解に基づき対応します。

国は、拒む人を「困った人」として扱うなと書いています。

家族が「言うことを聞かない親」と受け取って消耗している、まさにその構図に対する答えです。あなたが説得に失敗しているのではなく、そもそも説得で動く種類の問題ではないということです。

説得できなくても、道は残っています

同じマニュアルは、こう続けます。

また、必要に応じて、高齢者虐待防止法の取扱いに準じた対応として、やむを得ない事由による措置等による保護や成年後見制度の市町村長申立て等の権限行使等を検討します。

家族が申し立てられない、本人が同意しない——そういう場合でも、行政の側から動ける仕組みがあります(成年後見制度)。

⚠️ ただし、これは行政が判断することです。**家族が「では措置してください」と要求できる制度ではありません。**できるのは、状況を正確に伝えることまでです。

⚠️ いちばん急ぐのは、片づけではなく火事です

きれいにすることより先に、燃えない・逃げられる状態を作ってください。数字で見ると、緊急度が分かります。

消防庁の「令和6年(1〜12月)における火災の状況(確定値)」によると、

  • 住宅火災による死者(放火自殺者等を除く)1,030人のうち、65歳以上は779人=75.6%。消防庁自身が「住宅火災による死者(放火自殺者等を除く。)の4人に3人が高齢者」と見出しに掲げています
  • その1,030人の経過別の内訳で最も多いのは、逃げ遅れ465人
  • 建物火災20,972件の出火原因は、多い順にこんろ2,654件(12.7%)/電気機器2,051件(9.8%)/たばこ1,721件(8.2%)/配線器具1,461件(7.0%)/電灯電話等の配線1,133件(5.4%)

**物が積まれた家では、この上位がそのまま危険になります。**コンロの周りに紙や布、配線の上に荷物、通路が塞がって逃げられない——という形で重なります。

片づける順番

  1. コンロの周囲(1メートルを目安に、紙・布・食品トレーを置かない)
  2. ストーブなど暖房器具の周囲
  3. コンセント・配線の上(束ねた配線の上に物を載せない)
  4. 玄関から寝室までの通路
  5. 階段

**この5か所だけで十分です。**モデルルームにする必要はありません。目標は「転ばない・燃えない・逃げられる」です。

住宅用火災警報器が鳴るかどうかも、その場で押して確認してください。電池切れのまま何年も、ということがあります。

やってはいけない対応はありますか

① 本人のいない間に、黙って捨てる

いちばん多い失敗です。**信頼が壊れ、次から家に入れてもらえなくなります。**認知症がある場合は物盗られ妄想の火種にもなり得ます。

② 一気に全部やる

一日で片づけると、本人は生活そのものを否定されたと受け取ります。そして、たいてい元に戻ります。

③ 「汚い」「恥ずかしい」と言う

片づけの動機にはなりません。外から人を呼びにくくなり、孤立が進みます。

④ 業者を勝手に呼ぶ

本人の同意なしに進めると、あとの関係修復が難しくなります。

⑤ 家族だけで抱える

近隣とのトラブルになってから動くと、選べる手段が減ります。早いほど、静かに解決できます。

そのまま使える言い方

片づけそのものを議題にしないのがコツです。

伝わりにくい言い方伝わりやすい言い方
汚いから捨てるよ火が危ないから、コンロの周りだけ空けさせて
なんでこんなに溜めるのこれ、どう使う予定だったの?
全部片づけよう今日はこの箱ひとつだけ
業者を呼ぶからね一緒に見てくれる人がいるんだけど、来てもらっていい?
捨てないなら、もう知らない(その日は引く。関係を切らない)

**捨てる・残すの判断は、本人に返してください。**判断させることが、本人の力を保つことにもなります。

家族以外の手を、どう入れますか

手段何ができるか
地域包括支援センター最初の窓口。状況を伝えるだけでよく、費用もかかりません
ケアマネジャー担当がいれば、まずここへ
訪問介護の生活援助掃除・洗濯・ゴミ出し・調理。介護保険サービスなので要介護認定が要ります
自治体のゴミ出し支援高齢者宅を戸別収集する仕組みがある自治体があります(名称は自治体により異なります)
片づけ業者費用は自費。本人の同意が前提です
受診背景に認知症や精神疾患がある場合。拒む場合は親が病院に行きたがらないときへ

⚠️ ゴミの戸別収集や、いわゆる「ごみ屋敷」への対応の仕組みは、**自治体によって有無も名称も内容も違います。**まず市区町村の窓口で「どんな支援があるか」を聞いてください。

近隣から苦情が来ている場合

先に相談してください。苦情が行政に届いてから動くより、家族から相談したほうが選択肢が多く残ります。

自治体によっては、いわゆる「ごみ屋敷」に対応する条例を持っているところがあります。⚠️ ただし内容は自治体ごとに違い、目的は罰することではなく支援につなぐことに置かれているのが一般的です。

片づけても、また戻るとき

一度きれいにしても、数か月で元に戻る。これは本人の意思が弱いからではありません。

片づけは、判断・分類・運搬・段取りの連続です。その力が落ちているなら、片づけた状態を維持する力も落ちています。

だから、必要なのは片づけの繰り返しではなく、支える仕組みです。定期的に人が入る(訪問介護・デイサービス)だけで、家の状態は変わります。

在宅の限界を感じたら

正直なところを書きます。実家がここまで来ている場合、家という環境そのものが、すでに本人に合っていないことがあります。

掃除、ゴミ出し、食事、火の始末、服薬。在宅ではすべてが本人と家族の努力に乗っていますが、施設では仕組みとして回ります。

ひとり暮らしで、火の不安があり、近隣との関係も悪くなりつつある——という段階まで来ているなら、住まいそのものを変えることが、いちばん確実な安全対策になります。

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出典・参考

  • 厚生労働省 老健局「市町村・都道府県における高齢者虐待への対応と養護者支援について」Ⅰ 高齢者虐待防止の基本(いわゆるセルフ・ネグレクトについて=『介護・医療サービスの利用を拒否するなどにより、社会から孤立し、生活行為や心身の健康維持ができなくなっている、いわゆる「セルフ・ネグレクト」状態にある高齢者は、他者からの虐待行為を受けているわけではないため、高齢者虐待防止法の対象外となっています』/『認知症のほか、精神疾患・障害、アルコール関連の問題を有すると思われる者も多く』『「支援してほしくない」、「困っていない」 など……関与を拒否することもあるので、支援には困難が伴いますが、生命・身体に重大な危険が生じるおそれや、ひいては孤立死に至るリスクも抱えています』/『相談を受けた市町村や地域包括支援センターは、地域支援事業における総合相談支援業務や権利擁護業務等の一環として、積極的な対応が求められます』/『単に関わりを拒否する者という理解にとどまらず、そこに至った背景、生活歴、パーソナリティや生き辛さへの理解に基づき対応します』/『必要に応じて、高齢者虐待防止法の取扱いに準じた対応として、やむを得ない事由による措置等による保護や成年後見制度の市町村長申立て等の権限行使等を検討します』。根拠通知=「市町村や地域包括支援センターにおける高齢者の「セルフ・ネグレクト」及び消費者被害への対応について」平成27年7月10日老推発0710第2号):https://www.mhlw.go.jp/content/12304250/001452979.pdf
  • 厚生労働省「市町村・都道府県における高齢者虐待への対応と養護者支援について(国マニュアル)」(本体ページ):https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000200478_00002.html
  • 消防庁「令和6年(1〜12月)における火災の状況(確定値)」令和7年11月25日(住宅火災による死者(放火自殺者等を除く。)の4人に3人が高齢者=1,030人のうち65歳以上779人・75.6%/経過別の内訳は逃げ遅れ465人・着衣着火45人・出火後再進入16人・その他504人/建物火災20,972件の出火原因=こんろ2,654件(12.7%)・電気機器2,051件(9.8%)・たばこ1,721件(8.2%)・配線器具1,461件(7.0%)・電灯電話等の配線1,133件(5.4%)/総出火件数37,141件の出火原因はたばこ3,058件(8.2%)・たき火2,781件(7.5%)・こんろ2,718件(7.3%)):https://www.fdma.go.jp/pressrelease/statistics/items/cfff9e3173795eb802e15902ab9b9a348f3259ad.pdf
  • 総務省消防庁「消防統計(火災統計)」(統計の一覧ページ):https://www.fdma.go.jp/pressrelease/statistics/

まとめ

  • 実家が片づかないのはだらしなさではなく、生活を組み立てる力が落ちているサインです。背景には体力・視力の低下、認知機能の低下、意欲の低下、喪失体験などがあります
  • 行政の枠組みではセルフ・ネグレクトと呼ばれ、国マニュアルは『他者からの虐待行為を受けているわけではないため、高齢者虐待防止法の対象外』と明記しています
  • ⚠️ **ただし「対象外」=「行政が動かない」ではありません。**同じ資料が、市町村・地域包括支援センターに『積極的な対応が求められます』としています
  • 断られることは想定内。国は『単に関わりを拒否する者という理解にとどまらず、そこに至った背景、生活歴、パーソナリティや生き辛さへの理解に基づき対応します』と書いています
  • 説得できなくても、やむを得ない事由による措置や成年後見制度の市町村長申立てという、行政側から動く道があります
  • ⚠️ いちばん急ぐのは片づけではなく火事。住宅火災の死者の75.6%が65歳以上、最も多い経過は逃げ遅れです
  • 片づける順番はコンロ周り→暖房器具周り→配線の上→通路→階段の5か所。きれいにする必要はありません
  • ⚠️ **黙って捨てない/一気にやらない/「汚い」と言わない/業者を勝手に呼ばない。**捨てる判断は本人に返します
  • 片づけても戻るのは意思の弱さではありません。維持する力も落ちているので、必要なのは繰り返しではなく人が定期的に入る仕組みです
  • 窓口は市区町村と地域包括支援センター。「ゴミ屋敷」と言う必要はなく、**「実家の生活が心配で」**で通じます