夕方、急にそわそわしはじめる。カバンに荷物を詰めて、玄関へ向かう。「家に帰ります」——ここが家なのに。何度説明しても通じず、目を離した隙に外へ出てしまう。日が傾くのがこわい、という毎日を過ごしていませんか。
結論からいうと、これは「夕暮れ症候群」と呼ばれる状態で、わがままでも嫌がらせでもありません。国立長寿医療研究センターは、原因は確定していないとしたうえで、一番大きな要因は1日の睡眠と覚醒のリズムの乱れだといわれると説明しています。だから説得は効きにくく、効くのは否定せずに時間をずらす声かけと、日中の過ごし方です。そして万一出ていってしまったときは、ためらわず早く届け出ること——警察庁の統計が、その理由をはっきり示しています。
夕暮れ症候群とは何ですか?
国立長寿医療研究センターは、次のように説明しています。
認知症の方の中には、日中は穏やかで話もよくわかるのに、夕暮れ時になると、落ち着かなくなったり、話が通じないような状態になる人があります。この状態を「夕暮れ症候群」といいます。
そして原因については、確定していないとしたうえで、一番大きな要因は1日の睡眠と覚醒のリズムがおかしくなって、夕方になると半分寝ているような起きているような状態になるからだといわれるとしています。
さらにもうひとつ、家族にとって耳の痛い指摘もあります。周囲の介護者が夕方になって疲れた顔をしているのをみて不安になるという心理的な要因もあるようだ、というものです。
責めているのではありません。夕方は、介護する側がいちばん消耗している時間帯です。夕飯の支度、洗濯物、自分の疲れ。その空気が伝わってしまうということは、裏を返せば——あなたの負担を減らすことが、そのまま本人の落ち着きにつながるということでもあります。
なぜ「家に帰る」と言うのですか?
「ここが家でしょう」と言いたくなります。けれど、本人の中では違う景色が見えていることがあります。
| 本人の中で起きていること | 言葉になると |
|---|---|
| 昔住んでいた家、実家が「今の家」になっている | 「家に帰ります」 |
| 夕方=帰る時間、という長年の習慣が残っている | 「もう遅いので失礼します」 |
| 子どもを迎えに行く、夕飯の支度をするという役割意識 | 「子どもが待っているから」 |
| ここがどこか分からない不安(見当識障害) | 「知らない場所にいたくない」 |
| 居場所がない、必要とされていないという感覚 | 「お邪魔しました」 |
国立長寿医療研究センターは、徘徊がみられたらどこか決まったところへ行こうとしているのかをよく見るようすすめ、それが非現実的だとしても、本人の中では必死の気持ちであることもあります(例:お母さんの所へ行く)と書いています。
「必死の気持ち」。ここを押さえておくと、対応が変わります。必死の人を正面から止めれば、当然もっと必死になります。
説得してはいけないのはなぜですか?
「ここが家だよ」「さっきも言ったでしょう」——正しい説明です。でも、効きません。
認知症では、出来事そのものの記憶は抜けても、そのとき感じた感情のほうは残りやすいといわれます。説明の内容は残らず、「責められた」「わかってもらえない」という感覚だけが残る。すると不安が強まり、帰りたい気持ちはむしろ強くなります。
やってしまいがちな対応
- 正論で説明する(「ここがあなたの家です」)
- 繰り返しを指摘する(「さっきも同じことを言いましたよ」)
- 玄関の前に立ちふさがって止める(力での制止は転倒とけがのもとです)
- 鍵をかけて閉じ込める(不安と混乱が強まり、窓など別の出口を探すことがあります)
- ため息をつく・無視する(言葉は分からなくても、空気は伝わります)
とはいえ、毎日毎日となれば、声を荒らげてしまう日もあります。それは人として当たり前のことです。出てしまった日は、そのあと普段どおりに接すれば大丈夫。完璧な対応を目指す必要はありません。
そのまま使える声かけ
コツは三つだけ。否定しない・急がせない・目的を少しずらす。
まず受けとめる
- 「**そうですね、帰りましょうか。**支度をしますね」(まず同意する。ここで安心します)
- 「遠いところをありがとうございました」(お客さんとして来た、という本人の設定に合わせる)
時間をずらす
- 「もう暗くなってきたので、明日の朝いちばんで送りますね」
- 「バスがもう終わってしまって。今夜は泊まっていってください」
役割をお願いする
- 「その前に、洗濯物をたたむのを手伝ってもらえますか」
- 「お茶を一杯だけ付き合ってください」(座る・飲む、で気持ちが切り替わることがあります)
それでも出ていこうとするとき
- 無理に止めず、一緒に外に出る。少し歩いて、遠回りして戻る。国立長寿医療研究センターも、対応としてしばらく一緒に歩くなど、付き添う時間を多く取ることを挙げています(家族みんなの協力が必要です、とも書かれています)
- 「送っていきますね」と車や徒歩で少し回り、家の前に戻って「着きましたよ」
共通のコツ
- **短く、明るく、淡々と。**説明も説得もいりません
- 理由を問い詰めない(「なんで帰るのですか」は追及に聞こえます)
- うまくいった言い回しはメモに残す。翌日も同じ手が使えることがあります
夕方が来る前にできること
その日の夕方を変えるのは、実は日中の過ごし方です。国立長寿医療研究センターが挙げている対応は、次の三つです。
| 対応 | 具体的にどうするか |
|---|---|
| 夕方、暗くなる前に早めに点灯する | 薄暗くなってからではなく、その前に部屋を明るく。影や暗がりは不安のもとになります |
| 昼寝を制限する | 夕方の長い昼寝は夜の睡眠を浅くします。昼寝は早い時間に短く |
| 日中の日光浴をおこなう | 朝から午前中に外の光を浴びる。庭先やベランダ、短い散歩でも |
そして同センターは、介護者自身が、体調をととのえていつも明るく接していることができる状態であることも重要だとしています。
家族の側の現実的な工夫としては、夕方の家事を前倒しする(夕飯の下ごしらえを午前中に済ませる、洗濯は午前で終える)ことで、いちばん荒れる時間帯に手を空けておくのが効きます。
日中の活動・日光・人との関わりを、家族の手を使わずにまとめて確保する方法がデイサービスです。認知症の方に特化した認知症対応型通所介護(認知症デイ)もあります。「デイに行った日は夕方が楽」という形になれば、それが続けられる体制です。
出ていってしまったときの備え
どれだけ気をつけていても、目を離した数分で出ていくことはあります。そのときのために、先に用意しておくものがあります。
事前に用意しておく
- GPS機器・紛失防止タグ(靴・カバン・杖・キーホルダーに。国立長寿医療研究センターも「最近は携帯電話で位置を知らせるサービスもあります」と挙げています。自治体によっては貸与や購入費の助成があります——地域包括支援センターに問い合わせてください)
- 本人に見えないところに名札をつける(同センターが挙げている方法です。衣類の内側や靴の中敷きに、名前と連絡先を)
- 最新の顔写真と、全身が写った写真(届け出のときにそのまま渡せます。ふだんの服装が分かる写真が役立ちます)
- 自治体の見守り・SOSネットワークへの登録(多くの市区町村にあります。窓口は地域包括支援センター)
- 近所や行きつけの店に一言伝えておく(あとで述べるとおり、実際に見つけているのは地域の人です)
- 玄関にセンサーやチャイム(出たことに気づける。閉じ込めるのではなく「気づく」ための工夫)
出ていったと分かったら
すぐに110番、これが正解です。「大げさかも」「近所に知られたくない」とためらう気持ちは自然ですが、統計は逆のことを示しています。
警察庁の「令和7年における行方不明者届受理等の状況」によれば——
- 令和7年の認知症行方不明者数は1万7,345人(前年比776人減少)。依然として高い水準で推移しています
- 行方不明の原因・動機を年齢層別にみると、70歳代の62.1%、80歳以上の77.3%を認知症が占めます
- 所在確認・死亡確認された1万6,729人のうち、94.8%(1万5,856人)が届出受理から3日以内に所在確認されています
- 一方、受理から4日以降に確認された559人のうち、所在確認された方の割合は**53.7%**にとどまり、15日以降は死亡確認の割合のほうが高くなります
- GPS機器等の活用により発見された139人では、84.9%(118人)が受理当日に所在確認。警察庁はGPS機器等が迅速・的確な発見活動を展開する上で有効としています
- 発見の端緒でもっとも多いのは民間通報で、47.0%(1万7,268人中8,114人)。地域の人からの通報が、およそ半分を占めています
まとめると、最初の1日から3日で決まるということです。そしてGPSがあれば当日に見つかる可能性が大きく上がり、地域の目が実際に人を見つけている。届け出をためらう時間には、それだけの重みがあります。
届け出るときに伝えること
- 氏名・年齢・出ていったときの服装・身長・体格
- 最新の写真
- 認知症であること、行き先の心当たり(昔住んでいた家、実家、勤め先、よく行く店)
- GPSを持たせているか、持たせている場合は現在地
- いなくなったおおよその時刻
あわせて、地域包括支援センターやケアマネジャーにも連絡を。自治体の見守りネットワークが動くきっかけになります。
家族だけで抱えないために
夕暮れ症候群への対応でいちばんつらいのは、毎日、いちばん疲れている時間に起きることです。気合いで乗り切る話ではありません。
| サービス | 帰宅願望に対して効くところ |
|---|---|
| デイサービス/認知症デイ | 日中の活動・日光・人との関わり。夕方の落ち着きにつながります |
| 訪問介護(ホームヘルパー) | 夕方の時間帯に人が入る。家族が家事に集中できます |
| 小規模多機能型居宅介護 | 通い・泊まり・訪問を同じ職員が組み合わせる。急な泊まりにも対応しやすい |
| ショートステイ | 数日預かってもらい、家族が眠る。消耗しきる前に使う |
サービスの全体像は介護サービスの種類、通いと泊まりを組み合わせられる形は小規模多機能型居宅介護とは、数日預ける形はショートステイとはをご覧ください。
窓口は担当のケアマネジャー、まだいなければ地域包括支援センターです。**「夕方になると出ていってしまって、目が離せません」と、そのまま伝えて構いません。**見守り機器の助成やSOSネットワークの案内も、この窓口が持っています。
そして、眠れない日が続いているなら介護疲れ・介護うつとレスパイトケアも読んでみてください。倒れてしまってからでは、守りたいものが守れません。
在宅の限界を感じたら
帰宅願望への対応で本当にきついのは、**「一度も失敗できない」**ことです。入浴や食事の介助は、うまくいかない日があっても取り返せます。けれど外に出ていってしまうリスクは、一度の見落としが命に関わりうる——だから気が休まりません。
夜中に物音がするたびに目が覚める。買い物にも行けない。この緊張が何か月も続いているなら、それは家族の努力不足ではなく、体制の問題です。
認知症の方を受け入れる施設では、複数の職員が交代で見守り、玄関の管理や見守り機器も仕組みとして整っています。少人数で家庭に近い環境のグループホームは、認知症の方が落ち着いて過ごしやすいよう設計された住まいです。環境が変わることで、帰宅願望そのものが和らぐ方もいます。
判断の目安は在宅介護を続けるコツと限界の見極め方、罪悪感については親が施設を嫌がるときへ。施設選びの着眼点は認知症の方の施設選び、実際の施設は認知症の方向け施設一覧からご覧いただけます。
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出典・参考
- 国立研究開発法人 国立長寿医療研究センター「認知症の人と上手に向き合うために」よくある質問(徘徊の項:夕暮れ症候群の定義/原因は確定していないが一番大きな要因は睡眠と覚醒のリズムの乱れといわれる/介護者が夕方に疲れた顔をしているのを見て不安になる心理的要因/対応=暗くなる前に早めに点灯する・昼寝を制限する・日中の日光浴をおこなう/介護者自身が体調をととのえていつも明るく接していることができる状態であることも重要。徘徊の観察点=時間は決まっているか・どこか決まったところへ行こうとしているのか=非現実的でも本人の中では必死の気持ちであることもある/対応=しばらく一緒に歩くなど付き添う時間を多く取る・本人に見えないところに名札をつける・携帯電話で位置を知らせるサービス):https://www.ncgg.go.jp/dementia/with/face.html
- 警察庁生活安全局人身安全・少年課「令和7年における行方不明者届受理等の状況」(令和8年6月公表。認知症行方不明者数1万7,345人・前年比776人減少/年齢層別で70歳代62.1%・80歳以上77.3%を認知症が占める/所在確認・死亡確認された1万6,729人のうち94.8%=1万5,856人が受理から3日以内に所在確認・受理から4日以降に確認された559人のうち所在確認は53.7%・15日以降は死亡確認の割合のほうが高い/GPS機器等の活用により発見された139人の84.9%=118人が受理当日に所在確認・GPS機器等は迅速的確な発見活動を展開する上で有効/発見の端緒は民間通報が47.0%=1万7,268人中8,114人で最多):https://www.npa.go.jp/publications/statistics/safetylife/R07yukuefumeisha.pdf
- 厚生労働省「認知症施策」(認知症の理解と地域で支える取り組み・相談先):https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/hukushi_kaigo/kaigo_koureisha/ninchi/index.html
まとめ
夕方の「家に帰ります」は、夕暮れ症候群と呼ばれる状態です。原因は確定していないものの、1日の睡眠と覚醒のリズムの乱れが一番大きな要因といわれ、介護者の疲れた表情から不安が伝わる心理的な要因も指摘されています。だから正論の説得は効きません。効くのは否定しない・急がせない・目的をずらす声かけと、暗くなる前の点灯・昼寝の制限・日中の日光浴という日中の設計です。そして備えとして、GPS機器や紛失防止タグ、見えないところの名札、最新の写真、自治体の見守り登録を先に用意しておくこと。出ていってしまったら、ためらわず110番——認知症の行方不明者の94.8%が3日以内に所在確認される一方、4日を過ぎると確率は落ち、15日以降は死亡確認のほうが多くなります。GPSがあれば84.9%が当日発見、発見の端緒の47.0%は民間通報です。目を離せない緊張が続いているなら、それは体制の問題です。デイサービス・小規模多機能・ショートステイを使い、ケアマネジャーや地域包括支援センターに正直に伝えてください。施設探しや介護の悩みは、AIアドバイザーにも気軽にご相談ください(無料・登録不要)。