「そこに子どもが座ってる」。誰もいない部屋を、親が指さす。
「いないよ」と言えば怒り、話を合わせれば合わせたで、あとが怖い。何と答えるのが正解なのか分からないまま、毎日それが続く。
結論からいうと、幻視は作り話でも認知症の「困った行動」でもありません。本人には本当に見えています。そして家族が最初にすべきなのは、答え方を工夫することより、いつ始まったかを確かめることです。**急に始まった幻視は、認知症の進行ではなく体の不調のサイン(せん妄)であることがあります。**この記事では、その見分け方、絶対に避けたい頼み方、そして否定も肯定もしないで済む答え方を整理します。
幻視とは何ですか?なぜ見えるのですか?
実際にはないものが見える症状を幻視といいます。国立精神・神経医療研究センターは、認知症に伴う**行動・心理症状(BPSD)のひとつとして幻視(誰もいないのに、誰かがいると主張する)**を挙げています。
そして同センターは、レビー小体型認知症を、現実には見えないものが見える幻視や、手足が震えたり歩幅が小刻みになって転びやすくなる症状(パーキンソン症状)があらわれるものとして説明しています。
国立長寿医療研究センターも、「変なものが見える」という相談にこう答えています。一番考えられるのは「レビー小体型認知症」といって、パーキンソン病の仲間で変なものが見える(幻視といいます)が、病気の特徴です——。
⚠️ ただし、診断は医師の仕事です。幻視があるからレビー小体型とは限りません。家族の役割は、見えると言っている内容と、いつからかを記録して伝えることです。認知症の種類ごとの違いは4大認知症の違いと施設選びの着眼点にまとめています。
急に始まったときは、何を疑いますか?
ここがこの記事でいちばん大事なところです。
国立長寿医療研究センターの認知症・せん妄ケアマニュアルは、認知症とせん妄の最も大きな違いは、発症が急激で、数日単位で変化することであり、反応が鈍い状態から激しい興奮状態まで症状が変動することだとしています。あわせて、認知症の行動・心理症状に比べて原因がはっきりしていることが多く、特に身体状態の変化や薬物の影響との時間的関連が分かりやすいのも特徴だとしています。
同マニュアルは、せん妄を引き起こす直接因子として身体疾患・薬剤・手術を挙げ、誘発しやすく悪化させる促進因子として次を挙げています。
| 促進因子 | 具体例 |
|---|---|
| 身体的要因 | 痛み・便秘・尿が出ない・動けない状態・ドレーン類・拘束・視力低下・聴力低下 |
| 精神的要因 | 不安・抑うつ |
| 環境変化 | 入院・ICU入室・明るさ・騒音 |
| 睡眠 | 不眠・睡眠関連障害 |
つまり、急に見えるようになった幻視は、体のどこかが悪いという知らせかもしれません。感染症、脱水、便秘、尿が出ていない、痛み、最近増えた薬——。とくに入院や引っ越しの直後は要注意です。
✅ 次の場合は、様子を見ずに主治医へ
- 数日以内に急に始まった
- 日によって、あるいは一日のうちで別人のように変動する
- 熱、食欲の低下、便が出ていない、尿の量が減ったなど体の変化を伴う
- 薬が変わった・増えたタイミングと重なる
⚠️ なお同マニュアルは、レビー小体型認知症では症状の変動が激しく、幻視のようにせん妄とまぎらわしい症状を示すことが多いので、専門医でも鑑別には本当に苦労させられるとも書いています。**家族が見分けられなくて当然です。**見分けようとせず、記録して渡してください。
やってはいけない対応は?
① 「落ち着く薬をください」と先に頼む
国立長寿医療研究センターは、幻視の相談への回答の中で、気持ちを落ち着かせるために、精神病薬をもらいそのためひどく悪くなって、警察のお世話になったケースもありますと明記しています。レビー小体型認知症では薬に強く反応してしまうことがあるためです。
同センターは同時に、正しい診断によってよく効く薬があるとも書いています。問題は薬ではなく、診断がつく前に薬だけを求めることです。
② 「そんなものいない」と否定する
本人には見えています。否定は「嘘をつかれた」「馬鹿にされた」という体験になり、次から言わなくなります。言わなくなるのは、改善ではなく情報が消えることです。
③ 話を合わせて「本当にいるね」と肯定する
その場は収まりますが、本人の中で見えたものが事実として固まることがあります。
④ 「気のせい」で片づけて受診しない
上のとおり、急な幻視は体の不調のサインのことがあります。
⑤ 暗い部屋のまま放置する
夕方から夜に増えることがあります。次章のとおり、明るさは対応の一部です。
そのまま使える声かけは?
コツは、見えているものではなく、本人の気持ちに返すことです。
| 伝わりにくい | 伝わりやすい |
|---|---|
| 「誰もいないでしょ」 | 「私には見えないけど、お母さんには見えるんだね」 |
| 「気のせいだって」 | 「怖かったんだね。そばにいるよ」 |
| 「本当にいるね」(話を合わせる) | 「一緒に見に行ってみようか」 |
| 「またその話?」 | 「電気をつけようか。明るくすると違うかも」 |
| 「しっかりして」 | 「お茶にしようか」(話題と場所を変える) |
**否定しない・肯定しない・行動に移す。**この3つで大半の場面は乗り切れます。
国立長寿医療研究センターは、認知症の人は環境の変化に弱く、不安感から興奮や妄想などの行動・心理症状(周辺症状)を来たすことが多いと説明しています。まず不安を下げる——それが対応の中心です。接し方の基本は認知症の親への接し方もあわせてどうぞ。
見間違いを減らす部屋にできますか?
できます。とくに夕方から夜に増えるときは、環境の調整が効くことがあります。
- 照明を明るくする — 影やコントラストが「人の形」に見えることがあります。廊下やトイレまでの足元灯も
- 人の形に見えるものを片づける — ハンガーにかけた上着、丸めた布団、カーテンの陰、暗い窓(夜はカーテンを閉める)
- テレビの音や映像 — 画面の中の人物と現実が混ざることがあります。音量と時間を調整する
- 視力・聴力を整える — 眼鏡が合っているか、白内障を指摘されていないか、補聴器は使えているか。せん妄の促進因子にも視力低下・聴力低下が挙げられています
- 便秘・脱水・睡眠 — どれも促進因子です。整えるだけで落ち着くことがあります
記録して、医師に何を伝えればいいですか?
受診のときに一番役に立つのは、家族しか知らない情報です。3日分でかまいません。
| 日時 | 何が見えると言ったか | そのときの様子・状況 |
|---|---|---|
| 9/1 18:30 | 「子どもが座ってる」 | 夕食前。部屋は薄暗かった。怖がってはいない |
| 9/2 20:00 | 「知らない男の人がいる」 | 強く怖がる。電気をつけたら落ち着いた |
| 9/3 終日 | なし | 前日から便が出ていない |
あわせていつから始まったか、薬が変わっていないか(お薬手帳を持参)、熱や食欲、排便の変化を伝えてください。受診を嫌がるときの進め方は親が病院に行きたがらないとき、薬の整理は薬の飲み残し・多剤服用へ。
窓口はケアマネジャー、担当がまだいなければ地域包括支援センターです。
施設を考えるとき、何を見ればいいですか?
幻視がある方の住まいを考えるときは、環境そのものが対応の一部になります。
国立長寿医療研究センターは、認知症の人が落ち着く環境について、「住み慣れた地域となじみの人間関係」が大切であるとし、あわせて小規模な居住空間で家庭的な雰囲気も重要とされていますと述べています。
この条件にそのまま当てはまるのが、地域密着型で定員の小さいグループホームです。見学のときは、次を確認してください。
- 夜間の照明(廊下・トイレまでの動線が暗くないか)
- 夜勤の人数と、夜に不安が出たときの対応
- レビー小体型の入居実績があるか(転倒リスクとパーキンソン症状への理解)
- 医療連携(急な変化のとき、どこにつなぐか)
- 幻視や不安に対して、否定しない対応が共有されているか
確認事項の全体像は施設見学チェックリスト、種類の違いは認知症の方の施設選びへ。
在宅の限界を感じたら
幻視そのものより、夜に起きることが家族を消耗させます。何度も起こされ、怖がる本人をなだめ、翌朝また仕事に行く。それが続けば、誰でも限界が来ます。
転倒のリスクも見逃せません。レビー小体型ではパーキンソン症状で転びやすくなることがあり、夜間の移動は特に危険です。24時間の見守りが要る段階かどうかは、冷静に見てください。
判断の目安は在宅介護のコツと限界の見極め方、罪悪感については施設に入れるのは親不孝?と感じたら、消耗しきる前に介護疲れ・介護うつも読んでみてください。
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出典・参考
- 国立研究開発法人 国立長寿医療研究センター「よくある質問・Q&A」(変なものが見えるという相談=一番考えられるのは「レビー小体型認知症」でパーキンソン病の仲間、変なものが見える〔幻視〕が病気の特徴/気持ちを落ち着かせるために、精神病薬をもらいそのためひどく悪くなって、警察のお世話になったケースもあります/はっきりしているときと急にボケが進んだように見えるときがある=意識の変容/正しい診断によってドネペジルと抑肝散がよく効く〔抑肝散は幻視やいらいらに〕※薬は医師が診断にもとづいて判断するもので、家族が求めるものではありません/認知症の人は環境の変化に弱く不安感から行動・心理症状を来たすことが多く「住み慣れた地域となじみの人間関係」が大切、小規模な居住空間で家庭的な雰囲気も重要):https://www.ncgg.go.jp/dementia/about/answer.html
- 国立長寿医療研究センター 認知症・せん妄サポートチーム(D2ST)/身体拘束最小化チーム「認知症・せん妄ケアマニュアル 第2版」(認知症とせん妄の最も大きな違いは発症が急激で数日単位で変化し、反応が鈍い状態から激しい興奮状態まで変動すること/身体状態の変化や薬物の影響との時間的関連が分かりやすい/直接因子=身体疾患・薬剤・手術/促進因子=疼痛・便秘・尿閉・不動化・ドレーン類・拘束・視力低下・聴力低下・不安・抑うつ・入院等の環境変化・不眠/レビー小体型認知症では症状の変動が激しく幻視のようにせん妄とまぎらわしい症状を示すことが多く専門医でも鑑別に苦労する):https://www.ncgg.go.jp/hospital/iryokankei/documents/nintishomanual2025.pdf
- 国立精神・神経医療研究センター「こころの情報サイト」認知症(レビー小体型認知症=現実には見えないものが見える幻視や、手足が震えたり歩幅が小刻みになって転びやすくなる症状〔パーキンソン症状〕があらわれる/行動・心理症状(BPSD)の例として「幻視(誰もいないのに、誰かがいると主張する)」):https://kokoro.ncnp.go.jp/disease.php?%40uid=WwE9LLpYbVZTIDMI
- 厚生労働省「認知症施策」(認知症の理解と地域で支える取り組み・相談先):https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/hukushi_kaigo/kaigo_koureisha/ninchi/index.html
まとめ
幻視は作り話ではなく、本人には本当に見えています。まずやるべきは答え方の工夫ではなく、いつ始まったかの確認です。数日以内に急に始まった/日によって別人のように変動する/熱や便秘など体の変化を伴う/薬が変わった——これらに当てはまるなら、認知症の進行ではなくせん妄の可能性があり、早めの受診が要ります。そして**「落ち着く薬をください」と先に頼まないこと**。診断がつく前の薬でひどく悪くなった例が、公的機関のQ&Aに書かれています。日々の対応は否定しない・肯定しない・行動に移す。「私には見えないけど、お母さんには見えるんだね」と受け止めて、電気をつける、場所を変える。明るさ、視力・聴力、便秘、睡眠を整えるだけで落ち着くこともあります。夜が続いてつらいなら、それは気力ではなく体制の問題です。施設探しや介護の悩みは、AIアドバイザーにも気軽にご相談ください(無料・登録不要)。