「病院に行こう」と言うたびに、機嫌が悪くなる。「どこも悪くない」「お前は俺をボケ扱いするのか」。心配して言っているだけなのに、なぜか自分が責められる。受診させることが、こんなに難しいと思わなかった——そう感じていませんか。
結論からいうと、説得で受診させようとするほど、こじれます。そして本人を連れて行くより先に、家族だけで病院に相談してよいというのが、あまり知られていない現実的な道です。
国立長寿医療研究センターは、本人に自覚がなく受診が難しい場合について、家族や近隣の方、民生委員から先に病院へ相談し、健診などを理由に来てもらうよう配慮することもできると案内しています。段取りは、本人抜きで始められます。
なぜ「病院に行こう」で怒るのですか?
国立長寿医療研究センターは、拒否の背景をこう説明しています。
物忘れが進んでいることや、いままで出来ていたことができなくなることへの強い不安があります。たとえ、物忘れの自覚がないように見えても、本人の心の底には漠然とした不安感が宿っているのです。
そして、こう続きます。
そこから、「周りの人間が自分のことを悪くいっている」といった思い込みになり、逆に攻撃的になることもあります。
つまり、自覚がないから平気なのではありません。うまく言葉にできないだけで、本人はいちばん不安です。
その状態で「病院に行こう」と言われると、本人にはこう聞こえている可能性があります。
- 「あなたはおかしい」と判定された
- 家族に問題のある人として扱われている
- 病院に行けば、それが確定してしまう
怒っているのは、認めたくないからではなく、こわいからです。ここを取り違えると、説明を重ねるほど関係が悪くなります。
説得してはいけない、ではどうするのですか?
国立長寿医療研究センターは、拒否が強いときの対応をこう示しています。
その場は無理強いをするのではなく、本人の要求に耳を傾け可能であれば、その通りにしてあげましょう。本人が落ちついたところで再び声かけを試みることも有用です。
今日その場で決着させない、という考え方です。一度引いて、日を改める。同じ日に3回言うより、別の日に1回のほうが通ることがあります。
同センターは、認知症の方への伝え方についても具体的に挙げています。
- 短く簡潔な表現を用いて、一度に多くの指示はしないように心がけましょう。
- 訂正や否定的な表現ではなく、肯定的な表現を用いる。
- ご本人の目を見る、微笑む、相槌を打つなどの非言語的コミュニケーションも使用しましょう。
受診の話をするときも同じです。理由を長く説明するほど伝わりません。
言い方を変えてみる
| 伝わりにくい言い方 | 言い換えの例 |
|---|---|
| 「もの忘れがひどいから、検査に行こう」 | 「健康診断の案内が来たから、一緒に行こう」 |
| 「認知症かもしれないから」 | 「血圧の薬をもらうついでに、みてもらおう」 |
| 「心配だから病院に行って」 | 「私が付き添うから、ついでに私も相談したい」 |
| 「お父さんのために言ってるの」 | 「お母さんが心配してるから、安心させてあげて」 |
いちばん通りやすいのは、本人が「自分の問題」だと感じずに済む理由です。健診・持病の定期受診・予防接種・家族の付き添いのついで。もの忘れを主題にしないのが要点です。
これは認知症の親への接し方にも通じる「本人の世界に合わせる」という考え方ですが、目的は本人を守ることであって、だますことではありません。
本人抜きで、先に病院に相談していい
ここが、この記事でいちばんお伝えしたい点です。国立長寿医療研究センターは、こう案内しています。
ただ、ご本人に自覚がないため、受診することが難しいのでしたら、一番近くで見ている家族や、近隣の方もしくは民生員の方より、病院にご相談いただいて、健診などを理由に病院にお越しいただくように配慮することもできますので、一度病院の方へご相談下さい。
読み解くと、次の3つが言われています。
- 家族だけで先に病院に相談してよい
- 相談できるのは家族に限らず、近隣の方や民生委員でもよい
- 病院側が**「健診などを理由に来てもらう」配慮をしてくれることがある**
つまり、本人を説得してから病院に行く、という順番でなくてよいということです。先に病院と話しておけば、当日の切り出し方や、診察室での進め方を相談できます。
さらに同センターは、受診時の家族の役割についても述べています。
当院の外来では、診療での客観的な情報や治療の効果を確認、円滑に検査等を勧めるために、ご本人をよく知る家族にはご同行いただいておりますので、ご承知ください。
家族の見ている情報は、診察の材料として最初から想定されています。「本人が話せるから家族は要らない」ではありません。
事前に病院へ伝えておくとよいこと
- いつから、どんな変化があったか(日付が分かるものがあれば強い)
- 生活のどこに支障が出ているか(買い物・お金・服薬・火の始末・運転)
- 本人にどう説明して連れてくる予定か(健診として、など)
- 本人の前で言われたくないこと(「もの忘れ」「認知症」という言葉を避けたい、など)
最後の1点は特に伝えておく価値があります。診察室でいきなり本題に入られて、その場で関係が壊れることを防げます。
そもそも、どの段階で受診をすすめるべきですか
「まだ早いのでは」と迷う方も多いところです。国立長寿医療研究センターは、目安を示しています。
もの忘れの程度にもよります。もの忘れで、日常生活(IADLといわれている。買い物、交通手段を利用する、家事など)のなかで、支障をきたしているとか、他者とのトラブルになりかねないなど、他者が介入しなければならない状態である場合は病院をすすめても良いと思います。
**「忘れっぽい」だけでは、急ぎません。**目安は、生活の動作に支障が出ているかです。
- 買い物ができなくなってきた(同じものを大量に買う・お金を払えない)
- 交通手段が使えなくなってきた(乗り換えが分からない・道に迷う)
- 家事が回らなくなってきた(洗濯物がたまる・冷蔵庫に古いものが残る)
- 他人とのトラブルになりかねない(近所・金銭・運転)
気づきのサインは認知症の初期症状にまとめています。判断に迷う段階なら、受診より先に地域包括支援センターへ相談しても構いません。無料で、本人が行かなくても家族だけで相談できます。
急いで受診したほうがいいサイン
ここは、説得の工夫より優先してください。ゆっくり進む物忘れと、急な変化は別物です。
国立長寿医療研究センターは、言葉の異常についてこう述べています。
突然始まった場合は言語理解が悪くなっている状態で、脳梗塞や出血をおこしている可能性があります。 (中略)原因をはっきりさせないといけませんので、できるだけ早く専門医療機関に受診してください。
次のような場合は、拒否されても受診を優先する判断が要ります。
- 数日〜数週間で急に別人のようになった
- 話し方が突然変わった(言葉が出ない・意味の通らないことを話し続ける)
- 手足の動きや顔の左右差が出た
- 発熱・脱水・便秘・痛みのあと、急に混乱しはじめた
- 入院や引っ越しのあと、夜間に強く混乱する
急な変化の背景には、脳血管障害、せん妄、脱水、感染、薬の影響などがあることが知られています。**認知症が進んだのではなく、治せる原因が隠れていることがあります。**判断は医師が行いますので、迷ったら受診してください。
それでも動かないときの相談先
家族が説得を続けるより、第三者を挟むほうが早いことがあります。
- かかりつけ医——本人が信頼している医師からの一言は、家族の百の説明より通ることがあります。持病で通院しているなら、次の受診時に家族から先に伝えておくのが現実的です
- 地域包括支援センター——介護の相談の入口。無料。本人が来なくても家族だけで相談できます。訪問して様子を見てくれる場合もあります。地域包括支援センターとは
- ケアマネジャー——すでに介護保険を使っているなら、まずここへ。ケアマネの選び方・変更
- もの忘れ外来・認知症疾患医療センター——専門の窓口。家族のみの相談を受け付けているところもあります
- 民生委員——上の引用のとおり、病院への相談者として想定されています
診断がつくと、介護保険の要介護認定の申請が進めやすくなり、デイサービスなどの介護サービスにつながります。受診は、ゴールではなく入口です。
診断を急ぐ理由と、急がない理由
正直に書きます。**受診しても、認知症そのものを元に戻す治療は今のところありません。**国立長寿医療研究センターも、アルツハイマー型認知症の薬について、元通りに治したり、進行を完全に止めることはできず、進行をゆっくりにする効果があると説明しています。
それでも早い受診に意味があるのは、次の理由です。
- 治せる原因が見つかることがある(甲状腺の病気・薬の影響・脱水・うつ など)
- 介護保険につながる(認定を受けるまでに時間がかかります)
- お金と意思の確認が、本人ができるうちにできる(成年後見・家族信託は判断能力があるうちしか選べない選択肢があります)
- 家族が「気のせいかも」と揺れ続けなくて済む
逆にいえば、今日でなくてもよいことでもあります(急な変化のサインがない場合)。1回断られたから終わり、ではありません。
家族だけで抱えないために
受診拒否がつらいのは、説得役をひとりで背負わされるからです。同居している人、近くに住んでいる人に、役割が集中します。
- 説得役を分担する——毎回同じ人が言うと、その人が「うるさい人」になります
- 遠方のきょうだいに言ってもらう——たまに会う人の一言のほうが通ることがあります
- 本人が敬っている人に頼む——年長者・かかりつけ医・昔からの知人
うまくいかない日が続いても、あなたの説明が下手だからではありません。介護疲れ・介護うつにも書いたとおり、まじめな人ほど抱え込みます。
在宅の限界を感じたら
受診を拒み、介護も拒み、家族の言うことを聞かない——その状態が続くと、支える側が先に倒れます。
受診拒否そのものは、施設に入れば解決する問題ではありません。ただ、受診も介護も家族だけで背負う構図が限界に来ているなら、それは選択肢を広げるタイミングです。専門職は、家族という関係を挟まずに関わることができます。
認知症の方の住まいとしては、少人数で家庭的な環境のグループホームが代表的です。認知症の方向け施設一覧から、お住まいの地域の施設を確認できます。進め方は認知症の親の施設選び、本人が嫌がる場合は親が施設を嫌がるときもあわせてどうぞ。
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出典・参考
- 国立研究開発法人 国立長寿医療研究センター「認知症の人と上手に向き合うために」対応に困る言動との向き合いかた(受診の目安=もの忘れで日常生活〔IADL:買い物、交通手段を利用する、家事など〕に支障をきたしている・他者とのトラブルになりかねないなど他者が介入しなければならない状態である場合は病院をすすめても良い/本人に自覚がなく受診が難しい場合は、一番近くで見ている家族や近隣の方もしくは民生委員から病院に相談し、健診などを理由に病院に来てもらうよう配慮することもできる/外来では客観的な情報の確認と円滑な検査のため本人をよく知る家族に同行を求めている/介護拒否の背景=物忘れの進行やできなくなることへの強い不安・自覚がないように見えても心の底には漠然とした不安感・「周りの人間が自分のことを悪くいっている」という思い込みから攻撃的になることもある/対応=その場は無理強いせず本人の要求に耳を傾け、落ち着いたところで再び声かけを試みる/伝え方=短く簡潔に・一度に多くの指示をしない・訂正や否定でなく肯定的な表現・目を見る、微笑む、相槌などの非言語的コミュニケーション/言葉の異常が突然始まった場合は脳梗塞や出血の可能性があり、できるだけ早く専門医療機関に受診):https://www.ncgg.go.jp/dementia/with/face.html
- 国立研究開発法人 国立長寿医療研究センター「認知症の人と上手に向き合うために」よくある質問(アルツハイマー型認知症の治療薬は元通りに治したり進行を完全に止めることはできず進行をゆっくりにする効果がある/本人の症状悪化がある場合は早めに受診し全身状態・身体の不調を調べてもらう):https://www.ncgg.go.jp/dementia/with/answer.html
- 厚生労働省「認知症施策」(認知症の理解・相談先・認知症疾患医療センター等の体制):https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/hukushi_kaigo/kaigo_koureisha/ninchi/index.html
- 厚生労働省「地域包括支援センター」(高齢者の総合相談窓口としての役割と設置):https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/hukushi_kaigo/kaigo_koureisha/chiiki-houkatsu/index.html
まとめ
- 受診拒否は、自覚がないから平気なのではなく、本人がいちばん不安な状態で起きる。「病院に行こう」は「あなたはおかしい」と届いていることがある
- **説得しない。**無理強いせず一度引き、落ち着いたところで日を改めて声をかける
- **本人抜きで、先に病院へ相談してよい。**家族・近隣の方・民生委員から相談でき、健診などを理由に来てもらう配慮をしてもらえることがある
- 受診をすすめる目安は「忘れっぽい」ではなく、買い物・交通手段・家事に支障が出ている/他人とのトラブルになりかねない段階
- **急な変化は別物。**数日〜数週間で別人のようになった、話し方が突然変わったなどは、脳梗塞や出血の可能性があり早期受診を。判断は医師が行う
- 家族の説得より、かかりつけ医・地域包括支援センター・民生委員など第三者を挟むほうが早いことがある
- 受診はゴールではなく入口。介護保険や、判断能力があるうちにしか選べない手続きにつながる
- 受診も介護も家族だけで背負う構図が限界なら、認知症の方向け施設一覧から次の選択肢を確認できます